神戸地方裁判所 昭和36年(ワ)845号 判決 1964年2月14日
原告 吉州卯之助 外九名
被告 国 外一名
代理人 坂東宏 外八名
主文
被告中島文子は原告吉川卯之助に対し金五〇万円、同石永金市に対し金一〇〇万円および右各金員に対する昭和三四年九月一五日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員、原告伊藤数代に対し金五〇万円、同片山浅江に対し金八〇万円、同仲平タヨに対し金五〇万円および右各金員に対する昭和三四年九月一四日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員、原告武政勢一に対し金一五万円および右金員に対する昭和三六年一二月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は被告国と原告ら一〇名の間では原告らの負担とし被告中島文子と原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山浅江、同仲平タヨ、同武政勢一との間では同被告の負担とする。
この判決中原告ら勝訴部分は、原告吉川卯之助において金一〇万円、同石永金市において金二〇万円、同伊藤数代において金一〇万円、同片山浅江において金一六万円、同仲平タヨにおいて金一〇万円、同武政勢一において金三万円の担保を各供するときは更に執行することができる。
事 実(略)
理由
第一、まず原告吉川卯之助、同石永金市、同片山請代、同伊藤末吉、同仲平鉄也、同武政協子主張の各預金契約の成否について判断する。
被告中島文子(被告中島と略称する)が神戸市石井郵便局に、勤務する郵政事務官であつて貯金の預入、払戻の業務に従事していること、昭和三四年三月一一日頃原告吉川卯之助が被告中島に五〇万円の金員を交付したこと、昭和二九年頃から原告石永金市が同被告に金員を貸付けていたこと、昭和三二年頃から原告伊藤数代が同被告に金員を貸付けていたこと、原告片山浅江が昭和三二年頃から同被告に金員を貸付けていたこと、原告仲平タヨが昭和三四年一月三〇日頃同被告に対し五〇万円の金員を貸付けたこと、原告武政勢一が昭和三二年頃から同被告に対し金員を貸付けていたことはいずれも当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第一号の一、第二号証の二、三、原告吉川卯之助、被告中島各本人尋問の結果によると、昭和三四年三月一一日頃、借金の返済などで金策に困つていた被告中島は当時もはや返済する見込もない状態であるのにかねて知り合いであつた原告吉川卯之助に対し「いま家の建売りをしていて大工に支払する金が少し足りないので六ヶ月程貸していただけないでしようか」といつて金員の借用を申込み、同原告は被告中島を信用して同被告振出の額面五〇万円の約束手形を借用証がわりにとつて五〇万円を貸し与えたこと同被告は月二分の利息を支払うことを申し出たが、同原告は月一分でよいといつて一ヶ月分の利息五〇〇〇円を受領したこと、その際右原被告が五〇万円を返済するときには、現金を弁済するかわりに同被告において同原告のために五〇万円の定額貯金にすることを約定し、同原告は右定額貯金預入申込書に押印して同被告に手渡したことが認められ、成立に争いのない甲第一号証の二、三、原告石永金市、被告中島各本人尋問の結果によると、被告中島は原告石永金市から家の建売りをする資金によるからといつて金員借用を申入れ、昭和二九年頃より最初は月二分五厘の利息でその後昭和三〇年頃からは月二分五厘の利息でその都度借用証を入れて金員を借受けていたこと、同被告は昭和三二年頃には借金の返済に窮し公金を横領していてもはや借受金返済の見込もつかなかつたこと、同原告は昭和三四年二月頃までは右約定の利息を毎月受領していたこと、同年二月二八日頃右借受金の総額が九〇万円になつた時、同被告は同原告に更に一〇万円の借用を申入れ、同原告はこれを了承して同被告振出の額面一〇〇万円(それまでの貸金合計)期日同年一二月三一日の約束手形とひきかえに、やはり月二分五厘の利息の約定で右一〇万円を貸与したこと、同原告はそれ以前から貸金の返済をしてくれるときには定額貯金にしておいてくれるように依頼し、昭和三一年頃には預金申込書に押印して同被告に渡していたこともあつたが、右昭和三四年二月二八日頃にも、同被告に対し右一〇〇万円の返済をするときには同原告のため同額の定額貯金にしておいてくれるよう依頼し同被告においてこれを了承したことが認められ、成立に争いのない甲第一号証の五、第二号証の二、三、被告中島本人尋問の結果によると、同被告は昭和三一年か三二年頃原告伊藤数代が定期預金にするつもりで石井郵便局へ三〇万円を持参したところ「家の建売りの資金に要るのだけれどもちよつと貸しといてもらえんやろか、月二分の利息を払うから」といつて借用や申込み、同原告は被告中島を信用して同被告振出の額面三〇万円の約束手形を借用証がわりにとつて右三〇万円を貸与したこと、その際同原告は返済してもらえる時は原告伊藤末吉名義の定期預金にしておいてくれるよう申入れ同被告はこれを了承したこと、その後一年位経つた時、更に二〇万円を前同様の約定で貸与し、定額預金にすることについても同様の約定をしたこと、原告伊藤数代は昭和三四年二月頃までは右約定の月二分の利息を毎月受領していたことが認められ、成立に争いのない甲第一号証の四、第二号証の二、三、被告中島本人尋問の結果によると、同被告は昭和三二年頃原告片山浅江に対し「建売の建築資金に要るので暫くの間月二分の利息で貸して下さい」と金員借用を申込み、同原告は被告中島を信用して一〇万円を貸与したこと、その際同原告は要らなくなつたらすぐ原告片山晴代名義定期貯金にしておいてくれるよう申入れ同被告はこれを了承したこと、その後一〇万円、二〇万円というように前同様の約定で貸与し、定額貯金にすることについても同様の約定をしたこと、そのようにして昭和三四年二月末頃には右貸金の総額が八〇万円になり、その時も右原告片山浅江被告中島との間において返済のときは定額貯金にする旨の約定がなされたこと、同原告は右貸金の都度借用証あるいはそれにかわる約定手形を受領し、昭和三四年二月頃までは約定の月二分の利息を毎月受領していたことが認められ、成立に争いのない甲第二号証の一、二、三、被告中島本人尋問の結果によると、昭和三四年一月三〇日頃、当時金策に窮していた被告中島はもはや返済しうる見込みもないのに原告仲平タヨに対し「家の建売りの資金にするのだが六ヶ月程貸してほしい、利息は月二分五厘にしておく」といつて金員借用を申入れ、同原告は被告中島を信用して五〇万円を借用証をとつて貸与したこと、その際同原告は六ヶ月経つて返済してもらう時には原告仲平鉄也名義の定額貯金にしてくれるよう依頼し、同被告はこれを了承したこと、それより以前原告仲平タヨは定額貯金預入申込書に押印して同被告に手渡していたことが認められ、成立に争いのない甲第一号証の六第二号証の二、三、被告中島本人尋問の結果によると、昭和三三年頃から被告中島は原告武政勢一に対しもはや返済しうる見込もないのに「家の建売りをするのに資金が要るので、月二分の利息で少しの間貸してほしい」といつて金員借用を申入れ、同原告は被告中島を信用して最初一〇万円を借用証をとつて貸与し、その後五万円をやはり借用証をとつて五万円を貸与したこと、同原告は昭和三四年二月頃までは約定の月二分の利息を毎月受領していたこと、同原告は同被告に対し右借受の都度、返済を受けるときには原告武政協子名義の郵便貯金に預入してほしい旨依頼し、同被告がこれを了承し、その後昭和三四年三月一〇日頃にも右原告武政勢一、被告中島との間においてそれまでの貸金一五万円について同様の約定がなされたことが認められ、以上各認定を左右するに足りる証拠はない。原告らは、右各認定にかかる被告中島が各原告から金員を借受けた際の各授受は、個人的な消費貸借契約のほか被告国に対する預金契約をも包含した混合契約によると主張し、また原告らと被告国との間に預金契約が成立するためには原告らと被告国の使用人である被告中島との間で同被告が個人として原告らに対して負担する各貸金債務について、これを被告国の預金債務とする旨の合意が成立すれば十分であり、被告中島が現実に現金を被告国に預入れる行為をしたか否かに関係しないと主張するけれども、消費寄託契約である預金契約が有効に成立するためには、寄託者の負担において受託者たる被告国になんらかの経済的価値の移転がなければならないと解せられるところ、右各認定事実によれば原告らはいずれも被告中島が家の建売りをする資金に入用だから金員を借用したいという申出に対して月二分から三分の高利で金員を貸し与えることを承諾し、借用証あるいはそれにかわる約束手形を受領し、また昭和三四年二月頃までは右約定による利息を受領していたものであつて、右事実からすれば、被告中島が原告吉川卯之助、同石永金市、同片山晴代、同伊藤末吉、同仲平鉄也、同武政協子主張の各金員を受領したのはいずれも国の郵政事務官として即ち被告国の機関としての地位に基いて受領したものでなく、被告中島の個人的な消費貸借の借受金として受領したものでありしたがつて前記認定にかかる被告中島と原告らの貸金を預金にしておく旨の各合意は、同被告が右貸金を返済すべきときには原告らのために預金にしておくことを約定した、弁済方法に関する合意あるいは右権限を同被告に授与する旨の委任契約に過ぎないと解せられる。そうだとすれば同被告が後日前記原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山浅江、同仲平タヨ同武政勢一らとの各約定にしたがつて右原告らから借受けた金の返済にかえて現実に被告国に対して預金預入の行為を完了するまでは右原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤末吉、同片山晴代、同仲平鉄也、同武政協子ら主張の各金員の所有権は被告中島に帰属していて、いまだ被告国には帰属せずなんらの経済的価値の移転はなされていないと解するを相当とするところ、右被告中島が現実に右各金員を被告国に預入したことを認めるべき証拠はないから、右原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山浅江、同仲平タヨ、同武政勢一らがそれぞれ後日返済してもらう際には定額貯金あるいは通常貯金に預入してもらいたい旨を依頼して前期各金員を交付し、なかには預入申込書に押印して被告中島に手渡したものもあり、また同被告も右各申入れを承諾して右各金員を受領したことが認められるからといつて前述のごとく被告国になんらの経済的価値が帰属していると認められない以上、右原告らと被告中島との間の各約定および金員交付の事実をもつて直ちに原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤末吉、同片山晴代、同仲平鉄也、同武政協子ら主張の各預金契約が成立していると認めることはできない。
次に被告中島が、原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同仲平タヨ、同武政勢一からそれぞれ前記各貸金の返還を請求されるや(原告片山浅江の貸金は原告武政勢一が返還請求をした)、原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤末吉、同片山晴代、同仲平鉄也主張のような各定額貯金証書および原告武政協子主張のような虚偽の記載をした通常貯金通帳をそれぞれ擅に作成して原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同武政勢一、同仲平タヨ、同武政勢一にそれぞれ交付したこと、原告石永金市の分を除くその余の原告の分については右交付をしたのが昭和三四年九月頃であることはいずれも当事者間に争いなく、前掲各証拠によれば原告石永金市についても右定額貯金証書交付の時期は昭和三四年九月頃であること、および被告中島は前記原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山浅江、同仲平タヨ、同武政勢一から各借受けた金員の返済に窮し、(被告中島が昭和三二年頃には金策に窮して公金を横領するに至りしたがつて借受金返済の見込もなくなつたことは前記認定のとおりである)右原告らとの各約定にしたがつて右各借受金と同額の預金をすることができなかつたので、昭和三四年三月中旬頃局長印を昌用して前記各定額貯金証書を作成しあるいは貯金通帳に虚偽の記載をして、ほしいままに原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤末吉、同片山晴代、同仲平鉄也、同武政協子のために被告国に対する各預金を設定した形式をとり被告国から右原告らに預金の払戻として各借受金と同額の金員を支払つてもらおうとしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかしながら被告中島が、右各定額貯金証書および通常貯金通帳記載の金額相当の金員その他の代替物を現実に被告国に預入したことを認めるに足りる証拠がないことは前記認定のとおりであつて、被告中島が前記の自己の借受債務を債権者である原告らのために被告国の預金にふりかえようと意図し、預金を設定した形式をとつただけでは被告国はなんらの経済的価値を取得するものではないから、前記被告中島の各定額貯金証書の作成および通常貯金通帳への記載、あるいはその交付の事実をもつて直ちに被告国との間に原告ら主張の預金契約が成立したものと認めることもできず、この点に関する原告らの主張も理由がない。
更に原告らはかりに被告中島が被告国のために本件の如き預金契約をなし貯金証書を発行する権限がなかつたとしても、被告中島は当時神戸市石井郵便局に勤務し貯金窓口出納員として貯金の受払事務等の業務に従事していたものであり、また前記貯金証書を発行したことにより原告らは被告中島が右預金を受入れ、証書を発行する権限を有すると信じ、これと預金契約を締結したものであり、そう信ずることについて正当の理由を有していたものであるから被告国は民法第一一〇条にしたがい原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤末吉、同片山晴代、同仲平鉄也、同武政協子に対して各預金契約につき履行の責に任じなければならないと主張するけれども、まず前記認定のとおり、原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山残江、同仲平タヨ、同武政勢一が被告中島に各金員を交付したのは個人的な消費貸借の貸金としてなしたものであつて、被吉国の郵政事務官である中島文子に対し預金として交付したものではないと認められ、したがつて被告国に対してはなんらの経済的価値の移転がなく、またその移転がなされたかの如き外形もないのであるから原告ら主張の各預金契約の成立は表見代理の法理によるもこれを認めることができないのであつて、これは当時被告中島が被告国のために預金者から金員を受領して預金契約を締結する代理権を有していたこととは関係がなく、また前記認定のように被告中島が昭和三四年三月中旬頃原告らのために借受金と同額を被告国の預金債務として設定しようと意図して預金証書を擅に作成しあるいは預金通帳に虚偽の記載をして、それを原告らに交付し、原告らがそれを真正なものと信じたとしても、原告ら主張の預金契約の成立が認められないのは、貯金証書及び貯金通帳は有価証券ではないから有価証券に関する法理を適用することはできないし、右事実をもつてしてはいまだ被告国になんらの経済的価値の移転がなく、またその移転がなされたかの如き外形(要物性に関する外形)もないのであるからであつて、このことは前記被告中島の権限の有無には関係しないから、この点に関する原告らの主張も理由がない。
したがつて原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤末吉、同片山晴代、同仲平鉄也、同武政協子の被告国に対する右原告ら主張の各預金契約に基く各本訴請求はいずれも理由がないからここれを棄却すべきである。
第二、次に原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山浅江、同仲平タヨ、同武政勢一主張の被告国に対する被告中島の不法行為による各損害賠償請求の当否について判断する。
被告中島が神戸市石井郵便局に勤務する郵政事務官であつて貯金の預入、払戻の業務に従事していたこと、ならびに右原告らが被告中島から家の建売りの資金に入用なので金員を借受けたい旨申入れられて、これに応じ、昭和二九年頃から昭和三四年頃にかけてそれぞれ原告ら主張の各金員を月二分から三分の利息の約定で借用証あるいはこれにかわるべき約束手形を受領して被告中島に各々貸付け、昭和三四年二月頃まではいずれも右約定の利息を毎月受領していたこと、被告中島は少くとも昭和三二年頃には金策に窮して公金を横領していた状態であり、したがつて借受金返済の見込はなかつたこと、同被告は原告らに返済する時にはそのかわりに右各借受金と同額の金員を郵便貯金にしておく旨を約束しながら、右約定をはたさず、昭和三四年三月中旬頃擅に原告ら主張のような各預金証書を作成しあるいは貯金通帳に虚偽の記載をし、これを同年九月頃原告らに交付したことは、すでに理由第一で認定したとおりである。よつて右認定のような事情のもとでなされた被告中島の本件各不法行為について被告国が民法七一五条所定の損害賠償責任を負りか否かにつき案ずるに、同条にいわゆる「事業の執行につき」という意義については当該不法行為が本件の場合のように取引行為である場合と自動車事故における如く非取引行為である場合とでは差異があるが、今これを前者に限定して考えるならば、当該取引が外形上当該使用者(被告国)の事業と適当な関連ある範囲内にあり、且つ取引の相手方(原告ら)の方で被用者(被告中島)が平素当該事務を使用者のために取扱つており、それが正規の手続でなされたと信ずるに足る一定の関係が必要であるところ、まず本件における被告中島が原告らから金員を受領した各行為の外形は、前記理由第一で認定のとおりいずれも被告中島が家の建売りの資金に入用なので金員を月二分から三分の利子で貸してほしい、返済するときは国の郵便預金にしておく旨申入れて右原告らから金員を借用したことであつて、右のような各行為は社会的慣行ないしは一般入の意義において被告国の事業と適当な関連にある範囲内にある行為とは解せられず、むしろ前述のとおり被告中島の個人的な消費貸借契約上の借受行為であると解されるので、被告中島の右各金員受領行為は被告国の「事業の執行につき」なされたというのに当らないというべきである。次に原告らは被告中島が前記認定のとおり原告らに対して借受金を返済する場合にはそれにかえて被告国に同額の預金をする旨を約し、原告ら主張の各貯金証書を擅に作成しあるいは貯金通帳に虚偽の記載をして交付し、原告らその旨誤信させた各行為によつて原告らにその主張のような損害を与えたとし、右被告中島の各行為が被告国の「事業の執行につき」なされたものである旨主張するのであるが、不法行為による損害とは現実の損害でなければならないところ、原告らの主張が右貯金証書を擅に作成し貯金通帳に虚偽の記載をしてこれを交付した被告中島の各行為そのことによつてその主張のような損害を蒙つたと主張するのであれば、右各行為によつて原告らの前記貸金債権が侵害されたとは考えられず、たかだか原告らの右各貯金証書あるいは貯金通帳の記載が真正なものと考えた(かりにそう信じたとして)期待が裏切られたにとどまると考えられるところ右期待を裏切られたことをもつて原告らが現実の損害を蒙つたとは認められず他に原告らが右現実の損害を蒙つたとも考えられない。また原告らは被告中島が前記約定の貯金を実行しなかつたことをもつて、被告国の「事業の執行につき」なされた不法行為となし、よつて損害を蒙つたと主張するものであるとしても被告中島が原告らに対する返済金を調達しこれを原告らのため国の預金となすべく職務上保管した後に擅に費消して預入しなかつたような場合ならば格別、被告中島本人の尋問結果によると同被告は原告らに対する返済金の調達が全然できなかつたため約定の貯金をしなかつたものであることが認められるから、右同被告の債務不履行は、社会的慣行ないしは一般人の意議において被告国の事業と適当な関連にある範囲内にある行為とは解されず、むしろ前述のとおり被告中島の個人的な消費貸借契約上の借受金の弁済方法についての約定を履行しなかつたにとどまると解せられるので、その余について判断するまでもなく、原告らの被告国に対する本訴被告中島の不法行為による各損害賠償請求はいずれも理由がないことになるからこれを棄却すべきである。
第三、次に原告吉川卯之助、同石永金市、同伊藤数代、同片山浅江、同仲平タヨ、同武政勢一主張の被告中島に対する同被告の不法行為による各損害賠償請求の当否について判断する。
原告ら各主張事実を被告中島はいずれも明らかに争わないからこれを全て自白したものとみなすべく、右各事実によれば原告らの被告中島に対する各本訴損害賠償請求はいずれも正当であると認められる。
よつて原告らの各本訴請求は右認定の限度において正当と認められるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田久太郎、林田益太郎、東条敬)